先週の週末は、土曜日は、横浜ばらの会(不登校とひきこもりの家族会)、午後はカナダ留学生親の会(元不登校やひきこもりだった人らの)、そして、現在ひきこもっている人の当事者の会(居場所つくり)に、35人以上の人が参加してくれ、狭い事務所に人が溢れてしまった。やれやれとおもっていたが、ばらの会の役員の方がまだ残っていて今後の打ち合わせをしたいという。終わったのは、午後8時を過ぎていた。
ふーと、ひと息をつき、夕飯を食べ、カナダのBC州のカウンセラー資格を持ち、カナダ在住12年で今、実家のある北九州市に戻り、わざわざ、参加してくれたI先生が「カナダでは学校と仕事は逃げません。
若い時は、自活しながら、やりたいことをやってみて、それから、必要に応じて、大学や仕事に就くことができます。日本社会は皆、同じ道を歩かされ、その道を外れると、社会が受け入れられなくなるという世界がまだありますね」と言っていたのを思い出した。「そうだね!まだ、日本は、個が確立するという本当の市民社会ではないからね」と、うなずくばかり疲れ果てベッドに横になった。
翌日は大井町でひきこもりの社会参加への道をさぐる講演を行う。
皆、子どもが30代後半、ひきこもり歴15年以上、当事者の心理から見た社会参加の道を探るが、「安心してひきこもれる場所や環境を用意して欲しい」の多数の要望には答えがない。
あるとしたら、EUで始まろうとしている、自由主義社会が成熟社会に突入し、働かなくても生活できる、ベーシックインカムであろう。スイスでは6月5日に国民投票が行われ、フィンランドでは11月国会で討議が始まる。北欧諸国でも議会で議論が始まる準備が進んでいる。
日本でも、年金問題(障害者年金等も含む)、若者の雇用問題、労働意欲の欠落と無気力(物に満ち溢れた社会で暮らしながら、喰う為に働く意味の虚しさ、それより生きがいを求めて働きたいとする)、生活保護者の急増と財政圧迫、労働・福祉行政のあり方、教育問題等、価値観の大きな変更によって、実現できれば、この国も大きく変わるかもしれない。
今週末から勉強のため、EUに視察と取材に行く。